ACE カイロプラクティック クリニック | シカゴ

ACE カイロプラクティック クリニック
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2010年09月10日(Fri) 02時28分
イングリッド・フジコ・へミング(Ingrid Fuzjko Hemming)というピアニストを御存知だろうか。

日本人でクラッシック音楽やピアノを演奏することに関心のある方なら、きっと知っているでしょう。

いや、テレビでも紹介されているので、一般の方でも名前くらいは聞いたことがあるかも知れません。



非常に才能に恵まれながら、聴力を失うなどの七難八苦を乗り越えて来られた、凄い人生を歩まれた女性で、

21世紀の今日における世界的ピアニストの代表の1人とも言われる方です。



そのフジコ へミングさんの生演奏を聴く機会が昨日ありました。

シカゴ日米協会創立80周年記念ピアノ・コンサートが、イリノイ州エバンストンのニコラス コンサート

ホールで2010年9月8日に催されました。



こんな機会を与えて下さったフジコ へミングさんご自身は勿論、シカゴ日米協会の皆様、ボランティアの

皆様、そして、スポンサーとなって下さったMOMATSU, Masuda Funai, Mitsubishi International Corporation,

MIZUHO, astellas 等の企業の皆様に、先ずは御礼を申し上げます。



本当に感謝です。 素晴らしいコンサートでした。



私は妻と参加しましたが、フジコ へミングさんから約10メートルの距離で、手が見える絶好のシート

でした。



その無駄のないしなやかな動き、時に激しく、時にささやく様なその演奏に、私は見惚れ、聞き惚れ、

そして幸せな一時を過ごすことが出来ました。



そして、フジコ へミングさんの演奏中の安定した姿勢に感心していました。 無駄に頭を揺すったり、

首を振ったりすることなく、ピアノと一体化するかの如く、その手が、指が鍵盤の上で踊っていました。



素晴らしいコンサートでのパフォーマンスには、幾つかの条件を満たさなければなりません。

正しく調律されたピアノ

コンサート・ホールの環境、設備、スタッフ

聴衆の質

ピアニストの才能・技量・心身状態

演目



今回は、演奏中にパンフレットか何かを落としてバタッ・ガタッという雑音を立てた人が数人いましたが

大人も子供も含め約350人位の人が約2時間の間、大人しく静かに聴いていたので素晴らしい状況で

あったと思います。



この機会を持てたことに感謝しています。

また、フジコ へミングさんの演奏をコンサートで楽しむ機会があることを祈ります。

どうぞ、お元気で。



ピアノに調律が必須なように、人の体も手入れが大切。 

次回、シカゴにお越しの際には、是非、カイロプラクティックを受けに来て頂きたいものです。
2010年08月23日(Mon) 08時38分
アメリカ女子プロゴルフツアーのセーフウェー・クラシックは、オレゴン州ノースプレーンズのパンプキン・

リッジGCで8月22日に最終ラウンドを行いました。 そして、宮里藍選手が第1日からの首位を守り米国

ツアーで自身初の完全優勝を果たしました。 最終ラウンドを72(パー)にまとめ、通算11アンダーの

205で2位に2打差をつけて逃げ切りました。



宮里藍選手は、6月のショップライト・クラシック以来の今季米国ツアー5勝目で通算6勝目。

米国ツアーでの日本選手のシーズン5勝は、岡本綾子選手が賞金女王となった1987年に挙げた4勝を抜く

単独最多勝記録です。

 

賞金ランキングではトップに再浮上し、岡本以来の米国ツアー日本人賞金女王に一歩前進しました。

次の世界ランキングでも1位に復帰する見通しということです。



やってくれました。 さすがです。

宮里藍選手おめでとうございます。

これからも頑張って下さい。

応援しています。
2010年08月20日(Fri) 07時31分


去る2010年8月12日、米国アイオワ州にあるカイロプラクティックの源泉、パーマー大学において、

PALMER HOMECOMING 2010 が催されました。



それに併せて、PALMER COLLEGE OF CHIROPRACTIC ALUMNI ADVISORY COUNCIL の年次会合が開催

され、顧問の1人である私、松下順彦も会議に出席しました。 今年は、顧問もメンバーの一部入れ替えが

行われ、数人の顧問が替わっていましたが、日本人を代表して唯一の外国人(非米国籍)顧問として指名

された私は、今年も継続して顧問を務めています。 



今回は、会議に先立って、パーマー大学から写真(上)の黒いポロシャツを与えられました。そして、今後も

これまで同様に、カイロプラクティックとパーマー大学を正しく社会に広めるために、地域の様々な集会や

会合、催しなどに参加する際には、このポロシャツを着用し「パーマー大学の顧問」として参加して欲しい、

と言われ、益々の尽力を期待されています。



また、同日の朝9時15分には、パーマー大学LYCEUM HALLにて、BJスペシャル レプリカ

テーブル贈呈式が催され、日本から村田先生、(株)レイアンドカンパニーの見片社長・阿部課長が来訪

して来られ、私と4人の日本人が参列し、パーマー大学にテーブルを寄贈しました。そして、その際に

パーマー大学カイロプラクティック歴史財団責任者のカレンダー博士から、私達に「BJマンション」の

マグカップ(写真・下)にチョコレートを入れたものが、プレゼントされました。



どちらも、金額的には高い物ではないかもしれませんが、パーマー大学から与えられた事と、その意味が

カイロプラクティックに従事する者としては重要であり、そして嬉しいものです。



特に、BJスペシャルのテーブル寄贈に関しては、村田先生達が渡米して来られた際に、日本から直行便

ではなく、米国内での乗り継ぎでシカゴに到着されたのですが、BJスペシャルが入ったスーツケースが

届いていないという事態(アメリカじゃよくある事)が発生し、しかも翌日ホテルをチェックアウトする

時点でも届いておらず、わざわざ空港に確認に行くと「ホテルに届けた」という事で、またホテルに戻って、

ようやく受け取る事ができました。 そうしてダベンポートに向かうのですが、私の携帯電話は国際通話が

出来ない契約らしく、海外からの電話を受ける事はできても、こちらから海外の電話には掛けられません。



それを知らなかったので、日本から来た村田先生達にはこちらから連絡が出来ない状況で、待ち合わせ

などで連絡がつかず混乱し大変でした。 12日の贈呈式でも、9時15分開始なので遅くても9時には

会場入りするように指示しておいたのですが、9時10分にもまだ村田先生達は到着せず、私は内心ヒヤヒヤ

しながらLYSEUM HALLの玄関で外を睨んで今か今かと待っていました。



普段は携帯電話など使わない私ですが、携帯電話が使えない事がこんなに不便な事だとは思いませんでした。

しかし、終わり良ければ全て良し、何とか無事に目的は達成できたので良かったです。 今後の日本での

活動方針も概略決まり、翻訳や執筆活動にも気合を入れていきたいと思います。
2010年08月16日(Mon) 04時33分


カイロプラクティックの本場アメリカ合衆国の、カイロプラクティックの源泉であるパーマー大学で、

日本人が貢献する出来事がありました。



それは、Palmer Foundation for Chiropractic History(パーマー大学カイロプラクティック歴史財団)に

日本人が約8千ドル(68万円)相当のカイロプラクティック・テーブルを寄贈したことです。



そのテーブルは、カイロプラクティックの発展者BJパーマーDC,PhCが開発した上部頚椎を矯正する

為のニーチェスト・テーブルで、BJスペシャルと呼ばれたテーブルの復刻版(レプリカ)です。



パーマー大学には、カイロプラクティック歴史博物館が、LYCEUM HALL(現V.A.パーマー

ホール)の1階、エントランスと回廊に設置されていますが、そこには代表的なテーブルが各年代毎に

展示されています。 しかし、BJスペシャル ニーチェスト・テーブルは、パーマー大学から流出し

失われていた為に展示されていません。 それを知った有志が、この伝説のテーブルが展示されていない

のは寂しいではないか、という事で私財を投じてパーマー大学にレプリカテーブルの現物を寄贈したのです。



そもそも、BJスペシャル ニーチェスト・テーブルは、現存数が少なくオリジナルの物は幻のテーブル

とさえ言われ、稀に売り出されても1万数千ドルという高値で売買される位のプレミア付きという物です。

そこで、村田英昭先生が復刻版(レプリカ)の製作を発案し、日本中の上部頚椎テクニックに詳しいDCを

訪問して指導・助言など強力を仰ぎ、また自身も独自にテーブルの資料を収集して各部のサイズや材質

といった諸元を割り出し、(株)レイアンドカンパニーの阿部剛代志課長の協力を得て鉄工所などで部品の

製作、組み立て、宣伝・販売といったところまで実現させたのです。 私もヘッドピースの仕様では意見を

求められたりしましたが、村田・阿部コンビの熱心さには頭が下がる思いでした。



そして、いざ「寄贈」という案が出た所で、(株)レイアンドカンパニーの見片社長が金銭的な部分での

負担の支援を申し出て下さり、村田先生からパーマー大学顧問である私に連絡が来たのです。 寄贈と

言えど、その意図は何か、モノは何か、誰が、何時、どの様に・・・等々、パーマー大学は簡単には受け

取っては呉れません。 ましてや、パーマー大学カイロプラクティック歴史博物館に寄贈して展示するという

テーブルとなると、デタラメなインチキな物を受け取って呉れる筈もありません。 その交渉が私の担当で

あり、責務でした。



現物が手元にないので、私は複数の写真を送り、メールでの担当者(3人)とのやり取りは十数回にも及び、

そういったパーマー大学との説明や交渉・打ち合わせなどを経て、ようやく実現できたのです。 しかし、

パーマー大学が寄贈に同意して呉れた事で、このレプリカのテーブルが、「BJスペシャル ニーチェスト・

テーブルのオリジナルを忠実に復刻したものである」ということ、「展示するに相応しいテーブルである」と

認めて頂けた訳ですから、日本人として大変嬉しく思います。 



そうして迎えた寄贈の日は2010年8月12日、パーマー大学ホームカミングの初日でした。

パーマー大学カイロプラクティック歴史財団責任者のアラナ カレンダー教育学博士が贈呈式を催して

下さり、パーマー大学ダベンポート本校のドナルド P.カーン学長が直接テーブルを受け取り、そして

私達4人の日本人に感謝の言葉を述べた後、それぞれに、その貢献に対する感謝状と承認状を手渡して

一緒に記念写真を全員で、そして個別に撮って下さったのです。 その間、約20分でしたが、ホーム

カミング期間中で分刻みのスケジュールであるカーン学長が、我々に20分もの時間を割いて下さった

ことからも、パーマー大学の感謝の気持ちが充分に伝わりました。



今後、パーマー大学カイロプラクティック歴史博物館に寄贈者の名前入りプレートと共に展示されるという

ことです。 カイロプラクティックに関わる者として、カイロプラクティックに貢献出来ることは喜ばしい

ことですが、こうして形として残ることは名誉なことであり、逆に感謝の気持ちでもあります。
2010年08月16日(Mon) 02時47分

2010年8月11日(水)の朝9時過ぎに、日本からの嬉しい来訪者がありました。



わざわざシカゴ郊外の当クリニックを訪ねて来てくれたのは、大阪府交野市で開業している友人の

村田英昭先生と、日本のカイロプラクティック業界で最も信頼されている医療器機・器材工業製品輸出入の

会社である、(株)レイアンドカンパニーの見片三郎社長と、同社電気通信事業部技術課の阿部剛代志課長

の3人でした。



レイアンドカンパニーの見片社長と阿部課長とは初めてお会いしましたが、村田先生とは20年以上の

付き合いで、特にカイロプラクティックに関しては「腐れ縁」と言っても過言ではない位に切っても切れ

ない程です。 2003年の私のパーマー大学卒業式にも渡米して来て参列してくれた「仲間」の1人

です。 友人と会うのはやはり嬉しいものですね。 そして、村田先生の「強烈キャラ」が相変わらず

健在なので安心しました。 でも、見片社長と阿部課長の御心労を察すると・・・・。



挨拶を交わし色々とお土産などを頂戴し、クリニックを案内させて頂いた後、夕食を一緒に摂る約束を

して、それぞれにパーマー大学のあるアイオワ州ダベンポートに向かいました。



参考:

村田接骨院 : http://www.kcat.zaq.ne.jp/muratachiro/

(株)レイアンドカンパニー : http://www.rayandc.co.jp/
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